小説

【感想】『博士の愛した数式』小川洋子|芥川賞作家が描く全てを包む美しき物語

 

2004年 記念すべき第1回本屋大賞大賞

『博士の愛した数式』小川洋子

80分しか記憶が持たない博士とその家政婦、そして息子の物語
博士が愛するのは数学、そして子供

数学にしか興味がない博士が、数学意外に唯一興味を向けるのが子供である

博士と話すと数学の広く深淵な世界が開かれていく

映画化もしている作品

冒頭文

 彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。
「おお、なかなかこれは、賢い心が詰まっていそうだ」
髪がくしゃくしゃになるのも構わず頭を撫で回しながら、博士は言った。友達からからかわれるのを嫌がり、いつも帽子を被っていた息子は、警戒して首をすくめた。
「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」

 

文庫本で300pなので気軽に読める
冒頭文から数学がテーマになっていそうな雰囲気もあるが、数学の知識は全く必要はないので数学苦手な人も心配はいらない

この感想では自分が気に入った文を紹介する都合
数学色強いかんじになってしまっているが
本当に数学がメインてわけでもないことはくれぐれも言っておきたい
(数学っていっちゃうだけでいなくなってしまう人がいるんだもの(泣))

展開はそこまで激しくないが
芥川賞作家の静謐な文章で紡ぎ出される世界に包み込まれる
1文1文噛み締めて味わいたい作品

 

こんな方におすすめ

本屋大賞好き

温かい物語好き

読書初心者

 

小川洋子

1989年 『完璧な病室』でデビュー

1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞受賞

2004年『博士の愛した数式』(今作)で第1回本屋大賞受賞

その他にも多数受賞

本屋大賞でいうと
『ミーナの更新』第4回
『猫を抱いて象と泳ぐ』第7回
『人質の朗読会』第9回
の計3回
大賞を受賞した回をいれると4回もノミネートしている

 

芥川賞作家で本屋大賞を受賞しているのは現在(2019年、第16回まで)、小川洋子さんのみ

大衆受けしやすい、エンタメ要素の強い作品が多い本屋大賞と
エンタメ要素よりも文学的美しさを重視し、ややとっつきにくさのある芥川賞とは
必ずしも相性がいいとはいえない中で(悪いわけでもない)
この記録はすごい

 

エンタメと文学を高度なレベルで融合させているのが小川洋子さんの特徴の一つだろう

この『博士の愛した数式』でもその文章の美しさは存分に発揮されている

本書の解説にもこんな一文がある

 小川さんのこの作品は、純文学、エンターテイメントなどというつまらないジャンル分けを豪快に粉砕している。文学には、よい文学とそうでない文学しかない、ということを無言のうちに証明している。

『博士の愛した数式』

作品全体に漂う幻想的な雰囲気

小説チャートはこんなかんじ!

 

文学らしさがあるので単にさわやかという感じでもないが基本的には爽やか

人物も理想的ってほど超素晴らしい人ってかんじでもないが
どこか現実離れした雰囲気もでている

 

あらすじは

[ぼくの記憶は80分しかもたない]博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた──記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。

 

しかしこの本の良さを知ってもらうには本文を味わってもらうのが一番だろう
ということで3文ほど紹介!

閃きという名の祝福

 その時、生まれて初めて経験する、ある不思議な瞬間が訪れた。無残に踏み荒らされた砂漠に、一陣の風が吹き抜け、目の前に一本の真っさらな道が現れた。道の先には光がともり、わたしを導いていた。その中へ踏み込み、身体を浸してみないではいられない気持にさせる光だった。今自分は、閃きという名の祝福を受けているのだと分かった。

 

博士のだした問題に家政婦である私が一つの閃きを得た瞬間の1文

とぅーん
とぅーん
美しい表現、鳥肌がたった、こんなありきたりな表現でしかその感動を表わせない自分が悲しい。。。

「なにかずっと迷っていた問題が解けた瞬間の、モヤモヤが一気に晴れ渡って清々しい気持ち」をこういうふうに表現できるのか、、、と感じた1文

閃きという名の祝福
学問の道で生きる人はこの瞬間のために生きている人も多いだろう

 

ちなみにこの本ででてくる登場人物には名前がない

主な登場人物は
博士、私、ルート、の3人だ

この名前がないということも
この独特の世界観を構成している秘訣の一つなのかな?
そんなことを思ったりする

 

数学の不思議な秩序を評した文

 だいたい、自然対数と名付けておきながら、一体どのあたりが自然だと言えるのだろう。(中略)
蟻がわがまま放題に行列を作っているような、赤ん坊が不格好に積み木を重ねたような、偶然で無秩序で取り留めのない数字の羅列が、実は筋道の通った意志を持っているのだから、手に負えない。神様の計らいは底知れない。しかもその計らいをきちんと察知できた人間がいるのである。彼らが払った苦労に対し、私を含めたその他大勢の人間は、正当な感謝を示してはいないのだけれど。

 

とぅーん
とぅーん
自然を理解するために神様が用意してくれた言語である数学の神秘さをあらわし、さらにその探求に対しての敬意を込めた文

 

ちょっとだけ数学についての話をさせてもらう

「世の中の数字には2種類しかない!有理数か無理数だ!」
さて、無理数って覚えてるだろうか?
覚えてなくてもいいのだが簡単にいうと無限に続く不規則な小数

無限に続く不規則な小数といえば??

そう!円周率!π 3.14159265359……
小学生の頃にこいつのせいで、何度も計算ミスをさせられただろう

そしてもう一つ
無理数界に有名人がいる
それが今回でてきた自然対数の底 eだ
ネイピア数とも呼ばれるこの数も2.71828182……
と無限に続く不規則な小数

 

こんなわけわからん数のどこが自然なんだ!
というわけだ

答えは一応Wikipediaにのっていて
10ってのは人間界にとっては自然なんだけど
自然界にとっては自然でもなんでもなくて、このeが自然なんだな

実際、物理の法則を表す式にはeが大量にでてくる

でも最初出会って、
「自然対数だ」とか言われたら
「貴様何様だ!どこが自然なんだ!」て確かに言いたくなる

 

ーーーーーーーーーー数学の話はここまでーーーーーーーーーーーー

そんなかんじで数学につっこんんだあとの一連の文が本当に素敵である

一見なんの法則もないようなところから法則が導かれるその神秘にふれるだけでなく

その神秘を自然の中からすくい取った人々にスポットライトをあてているところが特に素敵

 

最も美しい数式

e+1=0

 

オイラーの等式と呼ばれるこの数式は最も美しい数式と呼ばれている

先程紹介した無理数の代表πとeがいて
実数の代表の0と1がいて
虚数のiまで含まれている

大切な数字が全て入っている
さらには指数部分に虚数がのっかるという奇妙な式によって驚くべき広がりを見せる式でもあるのだ

そしてこの数式を評した小川洋子の文章がこれだ

 

とくとご覧あれ

 オイラーは不自然極まりない概念を用い、一つの公式を編み出した。無関係にしか見えない数の間に、自然な結びつきを発見した。
πiを掛け合わせた数でeを累乗し、1を足すと0になる。
私はもう一度博士のメモを見直した。果ての果てまで循環する数と、決して正体を見せない虚ろな数が、簡潔な奇跡を描き、一点に着地する。どこにも円は登場しないのに、予期せぬ宙からπがeの元に舞い下り、恥ずかしがり屋のiと握手をする。彼らは身を寄せ合い、じっと息をひそめているのだが、一人の人間が1つだけ足算をした途端、何の前触れもなく世界が転換する。

 

どんなに数学を美しいと思っていても数学者はこんなふうに表現することはできなかっただろう

数学のわからない人がさっきの式を見ても美しさを感じることはできないだろう

 

ただ、この文章と数式を一緒に見たらどうだろうか

数学が好きな人と数学の嫌いな人をもつなぐ力をオイラーの等式に授けてしまうのが
博士の愛した数式の力だ!

まとめ

数学と文学、純文学とエンタメ文学
読書初心者と読書玄人

これら全てを包み込んでしまう物語

味わってみてはいかがでしょうか

 

ここまで呼んで頂きありがとうございました

 

 

数学をテーマにした本としては
数学を解くという勝負を扱った作品
『青の数学』もおすすめです

こちらは詩的な文章であること
勝負がテーマなのでワクワク感があることが特徴ですが
数学を扱うとやはり神秘、美しさ、はテーマになりますね