ビジネス書

【書評】『父が娘に語る経済の話。』ヤニス・バルファッキス|歴史も含めて経済について楽しく知る最高の入門書

資本主義経済

我々は現在、そういうルールのもとでゲームを行っている

 

そんな現代社会のルールについて知れる本が

『父が娘に語る経済の話。』ヤニス・バルファッキス

 

 

 

「なぜ、世界には貧しい人がいる一方で、途方もない金持ちがいるのか」ということも、「なぜ、人間は地球を破壊してしまうのか」ということも、すべては経済にまつわることが理由だ。

 

この本では
貨幣や文字がなぜ生まれたかということから始まり
仮想通貨の話まで

文学やギリシャ神話も引用しながら
楽しみながら学べるように展開される

 

めちゃくちゃざっくり要約すると

余剰から貨幣が生まれ
貿易の広がりにより交換価値が経験価値を上回るようになった
農奴が起業家になったとき、借金が生まれ、利益の追求が始まった

借金が経済を回す世の中において
国と金融機関は欠かせない

しかし、労働力や金利は安くなればなるほど
需要がふえるのかというとそういうわけではない

機械化がすすんでも労働時間は減らないし
仮想通貨は今までの通貨の変わりにはならない

これからの未来をつくりあげていくには
すべてを商品化するのではなく、民主化する必要がある

 

とぅーん
とぅーん
このざっくり要約を聞いて、なんとなく内容が想像できる人は読まなくていいと思う

この本は入門書

 

こんな方におすすめ

資本主義経済について知りたい

格差がなぜ生まれるのかを知りたい

 

この記事では、貨幣や国家がどう生まれたのかの部分と
その他気になった3ポイントをご紹介!

余剰が貨幣や国家を、そして格差を生み出した

貨幣は信用を数値化したものであり
その信用を担保しているのは国である

こんなふうにきいたことはないだろうか?

まずは、貨幣が生まれた背景
そして、貨幣がうまれると必然的にうまれてきたものについてのお話

 

貨幣が生まれた背景には農耕の発明があった

 土地を耕さなければ生きていけない場所でだけ、農耕が発達した。そのうちに試行錯誤を経て、より効率のいい農耕の技術が生まれてきた。人間が農耕の手段を開発していく過程で、社会は劇的に変わっていった。農作物の生産によって、はじめて本物の経済の基本になる要素が生まれた。それが「余剰」だ。

 

「農耕」は、食糧不足という最大の難問を解決するためにうまれた

土地を耕さなくても生きていけたオーストラリアでは農耕は必要なかった

蓄えることができることで、生活に安心がもたらされる

 

ただ、蓄える、といっても個人で管理するのはスペース的にも大変
そこで、倉庫を共有し、管理してもらうようになる

預けている量を記録するために発明されたのが文字だった

当時は貝殻に記入されていたという

実際に現物の収穫物を持つのではなく
文字の書かれた貝殻をもつ

そうすると、その貝殻がちゃんと収穫物と取引できると保証されていないといけない
その貝殻の価値を保証するために生まれたのが国家だった

 経済について語るとはつまり、余剰によって社会に生まれる、債務と通貨と信用と国家の複雑な関係について語ることだ。

 

そして、国家を運営するには警察や官僚、軍隊も必要となる

国家の運営にはお金がかかるし、支配者は贅沢な暮らしをしたがるから
富の分配は支配者に偏るようになる

そうなったときに、庶民に反乱を起こさせないように
「支配者だけが国を支配する権利を持っている」
と庶民に信じさせる必要があった

そこでうまれたのが宗教であり、聖職者である

 

こうして支配者に富が偏るようになり
格差がうまれるようになった

 

また、ユーラシア大陸が東西に広いことで農耕が伝わっていった
東西への移動であれば気候は大きくは変わらない

だからこそ、領地を拡大し
生活圏を拡大することができる

一方、南北に長いアフリカでは
移動すると気候が変わり生活様式を変えなければいけない

だから、農耕は発達しないし
余剰もうまれない
貨幣も文字も国家も生まれない

 

ユーラシア大陸では「生きていくために」農耕がうまれた

農耕が余剰を生み、貨幣と文字を生んだ

余剰を管理するために国家が生まれた

国家の運営をするために宗教や聖職者がうまれ、支配者に富が集まるようになった

 

交換価値と経験価値

 商品とは、いくらかの金額で「売る」ものだ。それが商品であるなら、お笑いのダイビングにも市場価格がつく。市場価格とは「交換価値」を反映したものだ。つまり、市場で何かを交換するときの価値を示しているのが市場価格だ。
だが、売り物でない場合、お笑いにもダイビングにも、全く別の種類の価値がある。「経験価値」と呼んでもいい。海に飛び込み、夕日を眺め、笑い合う。そんな経験はほかの何ものにも代えられない。
経験価値と交換価値は、対極にある。それなのに、今どきはどんなものも「商品」だと思われているし、すべてのものに値段がつくと思われている。世の中のすべてのものが交換価値で測れると思われているのだ。

 

経験価値を説明するためにギリシャ神話のアキレウスの話をとりあげている
彼は金銭のために戦うのではなく、名誉のために戦う

どんなにお金を積まれようとそんなものは関係ない

現代風の例だと献血をあげている
献血が有償の国では、無償の国より血液が集まりづらいという

このように現代でも経験価値は残っている

ただし、交換価値が経験価値を上回るようになっのが現代

 

「いつ交換価値が経験価値を上回ったのか?」

それは生産の3要素である「労働力」「生産手段」「土地」が商品として交換価値をもつようになったとき

そのきっかけはグローバル貿易

グローバル貿易が活発になりだしたときに支配者は気づいた
「農奴に耕させるよりももっと儲かる方法がある!」

そこでイギリスで行われたのが囲い込み
領主が農奴を追い出した

 

そうなったときに農奴は「生きるために」労働力を売るようになる
領主も、より儲かるには土地を商品にしたほうがいいことにきづく

かつての封建領主のもとで、農奴たちは土地を耕して自分と家族を養い、領主も自分の取り分を取っていた。この生産と分配のプロセスの中に、市場は存在しなかった。
しかし、農奴が追い出されてから、人口の大半が何らかの市場に参加せざるをえなくなった。ほとんどの農奴は労働市場に参加し、苦役を売ろうともがき、汗水たらした働きの交換価値を心配するようになった。

 

こうして「交換価値」が「経験価値」を上回るようになった

こういう流れ

 

ただこんなことを思う

とぅーん
とぅーん
「モノ消費」から「コト消費」の世の中

というのは「経験価値」が見直されているというふうにも取れるのではないか?

結局、「経験」が「商品」となっているという意味では
経験価値の復興と捉えることは間違っているのだろう

ただ、モノで溢れた今の世の中で
「交換価値」だけで良し悪しを測る社会からは
また少し外れてきているように感じる

「交換価値」と「経験価値」
これを対極なものとして見る視点を持つと
また世界が違って見えてきそうだ

「借金」が生まれて、「利益」を追求するようになった

 貴族とは違って、誰でも起業家にはなれた。借金を背負う覚悟と能力があれば。そして、起業家になったとたん、リソースと顧客と生き残りをかけて、誰もが必死に争い始めた。

 

労働力が商品になったとき
誰もが自由意志で働けるようになった

働ける、という自由を手に入れたと同時に
働かなければいけない、という責任を手にした

 

そしてそんな時代の中で
農奴は起業家になった

 

ただし、企業するには初期投資が必要となる
そこで借金が生まれる

借金には利子が伴う

利子を返すためには利益をあげなければいけない

 

 

自分が食べていくために農地を耕す、時代から
生き残りをかけた競争が始まり

生き残るために借金をし
借金を返し、競争に勝ち続けるために利益を求めた

こうして、「手段」だったはずのお金が「目的」となった

 

ここでもまた疑問が生まれる

とぅーん
とぅーん
初期投資が少なくても起業ができるようになり
借金をしなくてもお金を集める方法ができた現代でも
利益を追求しなければいけないのか?

これもやはり先ほどと同じで
利益がいらないとはならない

競争相手が世界になった今競争は激化しているようにも見える

 

ただし、金銭的に「利益をあげて」交換価値を手にして
競争力をあげる方法だけではなく

社会的な責任を果たし、良き労働環境を作り「経験価値」を生み出して
競争力をあげる

そんなやり方も少しずつうまれてきている

 

個人で行う起業も
競争に巻き込まれないような市場を選べば
大きな利益をあげる必要はない

借金がなければ、利益も要らなければ、リスクも少ない

 

企業や個人のあり方の変化と
「借金」と「利益」というのも深い関係性がありそうだ

 

機械化が格差を拡大させる

ケインズはこう書いている。
「私たちの孫の代になれば、金銭を貯め込む習慣はある種の病気だと思われるようになるだろう。金銭に執着することは、どちらかといえば犯罪に近く、精神病のようにみなされるだろう」
ケインズがこう書いたのは、1930年代で、製造工程が完全にロボット化される未来は遠い先のことだった。

 

しかしこんな世界は実現していない

なぜなら、富を持つものが機械を独占しているから

 

テクノロジーの進歩が
便利な世の中を作ってきたことは間違いない

ただ、それに伴って人の欲も大きくなり
結果的に、ケインズの考える世界は実現していない

 

その解決策として提案されているのが

 何よりも、機械を共同所有することで、機械が生み出す富をすべての人に分配したほうがいい。

 

人に働いてもらうより
機械に働いてもらうほうがコスト的に安いとなると

経営者は機械に置き換えたくなる
そして労働者は解雇される

機械は低コストで、ミスも少なく、24時間動き続ける

ただこれ以外に決定的な問題がある
機械は購買力がない

 

つまり雇用が減っていくと、消費者も減り
結局大企業の利益も減っていく

多くの企業がそれでは利益があげられないと
BtoCからBtoBへのうつっていく

支払い力をもっているところからお金をもらうように

AmazonのAWSもGoogelやFacebookの広告も
結局は企業からお金をもらっている

それが続いていったらどうなってしまうのだろう

 

 

機械の共同所有というのはどんな形で実現するのか?

ベッシックインカムのような形になるのだろうか?

  • 国や地方自治体が税金を使って機械を所有し、そこから生まれる富を分配する
  • 持っている企業に、機械税のようなものをかけて、それを分配する

分配するのは国とは限らない

  • どこかの企業やNPOがなにかうまいことやるのかもしれない
  • 企業がお年玉を配りだすのかもしれない

 

自分がパッと浮かぶのはこんな形だが
著者の真意とはちょっと違うような気もする

 

技術の進歩に対して
人間や社会の進歩が遅れすぎている

このままではいつまでたってもケインズの思い描いた世界は実現しない

まとめ

  • 余剰が貨幣と文字を生み出し、国家を生んだ
  • グローバル貿易の影響もあり、交換価値が経験価値を上回った
  • 農奴が起業家になったとき、借金が生まれ、利益の追求が始まった
  • 技術の進歩によって、人が労働から開放されるケインズの世界はまだまだ実現していない

 

今の世の中のルール
資本主義経済

これについて、少しでも理解を深め
考えるきっかけになる本です

ぜひ読んでみてはいかがでしょうか

きっともっと経済について知りたくなりますよ!

 

ここまで読んでいただきありがとうございまいした

 

 

 

企業が社会的価値を追求するようになってきたという話について

【書評】『ビッグ・ピボット』A.S.アンドリュー|社会価値と経済価値を共存させる企業のあり方 昨今、スターバックス、マクドナルド、ガストなどなど 飲食メーカーが続々とプラスチックストローの廃止を宣言した 「暑い・足...