ビジネス書

『具体と抽象』細谷功|1ランク上の次元の思考力を手に入れろ!

量と質、仕事と生活、理想と現実、善と悪、目的と手段、戦略と戦術

この世に潜むありとあらゆる二項対立を
正確に捉え

思考のレベルを1ランク上に上げるための本

それが

『具体と抽象』細谷功

 

 

こんな方におすすめ

どうも話が噛み合わないと悩んでいる

わかりやすさばかり求めることに違和感を感じる

思考力、理解力を深めたい

抽象化が大切だと感じている

 

思考を深める過程で、いかに具体と抽象の往復が大切か

そしてこれができないと、いかに対話が成り立たないか

そんなことが知れる1冊

人間の思考の本質は抽象化

人間が頭を使って考える行為は、実はほとんどが何らかの形で「具体と抽象の往復」をしていることになります。つまり、「具体化」と「抽象化」が、人間しか持っていない頭脳的活動の根本にあるということなのです。

 

学問の目的は、大抵の場合は具体的事象から理論を導いて抽象化して理論化することで汎用性を上げることです(中略)徹底的に抽象度を高めた学問の代表が数学と哲学です。

 

似たようなことが、『メモの魔力』にも書いてあった

「抽象化」こそが僕のメモの魔力の根幹です。もっと言うと、人間に与えられた最も重要な思考機能であり、最大の武器であると、確信を持って断言できます。 (『メモの魔力』前田裕二)

 

【書評】『メモの魔力』前田裕二|自己分析にも何にでも使える抽象化の技術 SHOW ROOM社長の前田裕二さんの二作目 前田さん本人が100万部売ることを目標にしていて、そこまで大きくないマーケッ...

 

ここで少し思ったのが

学校のおべんきょうに対しても
この抽象化がうまくできるかどうかが

得意か不得意かを決めているな!と

抽象化するというのは
一見、別のものに見える複数の事柄に対し

その表面的な違いに惑わされずに本質を見抜くような作業

 

自分は数学とか理科が得意だったが
1つの問題を解けるようになれば

いろんな問題が、数値を変えただけ、あるいは設問形式を変えただけの同じ問題に見えたからこそ得意だったんだと思う

逆に苦手な人は、それぞれが同じ問題には見えていなかった

 

例えば2次方程式

とぅーん
とぅーん
数式をだすと本の売れ行きが落ちるという話を聞いたことがあるが、それでもあえて数式に挑戦していこう!

 

3x2+2x+5=0
5x2=-2x
5x=1/x
√2x=3/4x2+-900

2次方程式という言葉を習っていなければ
これらがおなじ構造の式だと見抜くことは難しい

 

これを抽象化したものが

ax2+bx+c=0

aやbやcは整数であるとは限らないし
=の左にいるとも限らない

ここで具体から抽象に上がる
文字式とは抽象化の1例だ

躓く人はここでつまづいてしまう

 

どんな共通の構造があるかというと
「xの右上の数(指数)の最大値がちょうど2である」

ということ

それ以外は関係なく、唯一、xの右上にちょこんと乗っている数が、その式の最大の特徴を表している

 

これを

「2次方程式はxの2乗が含まれる式で、その係数はなんでもよくて、xの1乗や0乗が含まれていても良くて~~~」

と書くと長くなってしまうから

ax2+bx+c=0

こう表すわけだ

これに2次方程式という名前をつけて同じカテゴリに含める

5x2=0

これは「ゴエックスジジョウイコールゼロ」という式(具体)でもあり
2次方程式(抽象)と分類できる

そして2次方程式に分類されるとわかれば
同じ解き方で解くことができる

 

細かい違いは無視して、いちばん重要な共通点を見つけて
法則、理論とする、あるいは法則や理論を適用して解決していく

これが学問のやり方

 

例えば歴史を覚えるときに、ストーリーにする
というのも1つの抽象化だろう

歴史上おきた個別の複数の事実を
1つの物語にする

別々の無関係に見える事柄を因果関係などで関連付けていく

自分はこれがうまくできなかったから社会が全然できなかった

単に記憶が得意苦手というものも関係するだろうが
共通のもの、本質をとらえられているか、というのは大きく影響する

 

2次方程式なんて解けても意味ないとか言う輩がいるが
2次方程式を学ぶ、というのは、別に2次方程式を解けるようになるのが目的なのではなくて

このように具体と抽象を行き来する能力を鍛えている、という意味がある
しかも数学というのはその法則がわかりやすいものが多い

 

とぅーん
とぅーん
重要な数字ならxの右上なんかに小さくなって乗っかってないでもっとでかでかと主張してこい!

とおもわないこともないが笑

 

思考、学問とは具体と抽象の行き来を伴う活動

 

二項対立と二者択一

いままで自分は、良い悪い、みたいな「二項対立は基本的に良くない」と考えていた
白黒つけられるもののほうがこの世には少ない

なににだって良い面と悪い面がある
双方にメリット・デメリットがある以上

人によって、そしてその人の置かれた状況によって
どちらのメリットが大きいか、どちらのデメリットが大きいかは変わってくる

結局は「人による」

これにつきる

「双方のメリットデメリットを挙げ比較する」
このプロセスを面倒臭がる人が、わかりやすい結論に飛びつこうとする

こんなかんじの考えを持っていた

ここについて深くぐっと踏み込んでくれたのがこの本

抽象レベルで二項対立をとらえている人は、そこに「考える視点」が出てきます。たとえば何人もの意見がどこに位置づけられるのか、いわば地図でいえば「西と東」あるいは「南と北」という視点で全体を見渡そうとします。「物事を考えるための方向性や視点」ともいえます。
これに対して具体レベルでのみ見ていると、二項対立も「二者択一」に見えてしまいます。その結果、「世の中そんなに簡単にわけられない」となるのですが、抽象レベルでとらえている人はそういうことを言いたいのではなく、「考え方」を言っているのですが、それがなかなか通じません。

「二項対立」という言葉と「二者択一」を自分は今まで使い分けていなかった

言葉を知ると、思考は明晰になっていく

二項対立というのはあくまで「考える視点」の話
両端を決めた上で、その中でのグラデーション、位置を考える

一方、二者択一は、あいだがまったくない

 

例えば読書なら
量と質、速読と多読、小説とビジネス書、古典と最近の本、行動しないと意味がない

とか

読書以外だと
時間とお金とか、仕事と生活とか

そういうところで議論があったりする

「どっちもいいんだよ~」というのは簡単なのだが
それはそれでどっちも中途半端になりかねない

 

あくまで思考の軸として、2つの端っこを定義しておく
その上で各々がバランスを選ぶ

 

わかりやすさや、伝わりやすさを意識していくと
どんどんどんどん、二者択一になっていく

短く、わかりやすく、が求められすぎて、最近の本はどんどん短くわかりやすくになってしまっている

ただまだ本なら実際に読めば、著者の考えの深い部分が知れるし、体験も書かれているのでいいのだが

ネット上の記事とかだとさらに短くなり

さらにさらに短くしたのがTwitter

 

Twitterでいわゆるクソリプと言われるやつは
基本的に、投稿を具体のレベルで見ている人

すぐに善悪とか良し悪しで判断しようとする

 

140字で伝えようとすればそうなってしまうのは当然でもあるので
読む側としても発信する側としても、意識はしておいたほうが良い点だろう

 

速読と多読といっても
互いの具体度、抽象度が違うと

まったく違う話になってしまう

読書の「量 vs 質」 世の中にはこんなことをいう人達がいる こんな方達に言いたい さて、い...

 

組織でも上の立場の人ほど抽象の世界でものをみている
上司と部下で話すときはここのずれをとらえておかないといけない

二項対立と二者択一は違う

 

ルールや理論は後付

最初のところでは抽象化の大切さの話をした

一個前では、具体と抽象のレベルをあわせないと困ったことになるという話をした

これも、具体で見ずに抽象の方に少しあわせましょうね、といった感じの話

 

ただこの本で言われているのは、「抽象化しましょう」という話ではない

「具体と抽象の往復」

これこそが大切だと言っている

 

なのでここでは、抽象→具体のほうのお話

ルールや理論、法則は、大抵の場合は具体的に起こっている事象の「後追い」の知識だったはずです。ところが、一度固定化された抽象度の高い知識(ルールや法則等)は固定観念となって人間の前に立ちはだかり、むしろそれに合わない現実のほうが間違いで、後付だったはずの理論やルールに現実を合わせようとするのは完全な本末転倒といえます。

 

例えばこの本の中では文法を持ち出している

言語というのは別に文法が先にあって、そのルールの元に出来上がったわけではない

あくまで言葉が先にあって、その中からルールや規則を見出していったようなものである

なので母国語で話す人はほとんど意識していない
ただ、外国語を学ぶときは、ある程度のルールを身に着けたほうが習得が速いだろうということで文法というものを学ぶべきだ

 

なのに、文法からはずれてしまっているからといって

その言葉は間違っている、日本語の堕落だ!!

とかいうのは違うんじゃないの?というお話

 

 

具体の人が、抽象の人に対して、二項対立的な観点で否定することがあるように

抽象の人が、それはルールに当てはまらないから違う、というような方向に行ってしまうことがある

あとは何でもかんでもパターン化しようとして、エッセンスだけ汲み取ろうとして
細かい違いをすべて切り捨ててしまう人

自分も、ついつい共通項ばかりに目がいってしまったり、パターンや構造ばかり気にしてしまうことがある

自己啓発は全部一緒だから意味がないという人もそういう人たち
抽象のレベルで共通であれば、具体の違いはどうでもいいのか?

というと、そんなわけはない

「神は細部に宿る」

 

友人読書家が語る王道小説の魅力と価値 なんとなく大学院生活を送っていたある日 ある映画をみて大きなショックを受けた なぜ、これほど一生懸命に生きている人が...

上記記事で話しているが
いわゆる青春王道小説についてもそう

「同じ感動というものはない」

細かな違いに目を向ける
抽象→具体

の大切にする

 

さて最後にまた、懲りずに物理の例をだしてみよう

物理の法則というのはたくさんの観測事実(具体)の中に
ルールを見出して行くような営みである

そして今度はそのルール、数式を使って物の動きを予想したりする

 

ただし、科学者たちにとって信じるものは、「法則」(抽象)ではなくて
「観測事実」(具体)なのである

法則にあてはまらなかったといって、「そんなわけはない!!!!」

という姿勢はとらない
もちろん、観測や実験が間違っている可能性も疑うし、実際そうであることも多いのだが

観測や実験が間違っていたとあれば、新しい法則を見出していくというのが基本姿勢である

ただし、必ずしも、過去の法則を間違っていたものとして退けるわけではない

例外があったとして扱い、修正を加える

ちょっと違うかもしれないが、一段回抽象度をあげた法則を、もともとの上に構築するようなイメージだ

 

たとえばニュートンがつくった古典力学
これは世の中のすべての運動を説明することはできない

光の速さで動く物体に対しては、アインシュタインの相対性理論を適用しなければいけない

じゃあ、ニュートンの古典力学はまちがっていたのかというと
間違っていたとも言えるし、間違ってはいないとも言える

 

実際、我々が日常生活を行きていく上では、ニュートンの運動方程式で説明がつくことがほとんどだ

ウサインボルトは200mを20秒で走るが
光は0.2秒くらいで地球を1周する(4万km)

とぅーん
とぅーん
地球で一番早く動くのが確かウサイン・ボルト

光から見れば

ハハハッ、とまって見えるわ!

といったかんじである

なんてったって、ウサインボルトが200m走る間に光は地球を100周する

 

一部の例外を除いて、ニュートンの運動方程式は有用なのだ
ただすべてを説明できるわけではない

アインシュタインの相対性理論だって実は万能ではない

量子力学という、ミクロの世界を扱う物理では
アインシュタインの相対性理論も修正が必要になる

 

こんなかんじで汎用性の高そうな物理法則だって例外を認めている

抽象化した法則が何にでも当てはまる万能のものだと思う
勘違いに陥るのは気をつけたいところ

抽象化した法則が万能ではない

具体レベルの違いを切り捨ててはいけない

まとめ

  • 人類の頭脳活動は具体と抽象の往復
  • 具体と抽象のレベルがあっていないと議論は成立しない
  • 抽象→具体もおろそかにしてはいけない

 

いまどういう具体抽象レベルで話をしているのだろう、考えているのだろう

もうちょっと具体化したらどうなる?抽象化したらどうなる?

こんなかんじで具体と抽象を往復できるようになったら

サブタイトルにも書いてあるように世界が変わって見えてきそうですね

 

ここまで読んでいただきありがとうございました

 

 

 

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